私事ですが、以前、子どもが生まれた時のことをよく思い出します。妊娠がわかってから、妻のお腹は少しずつ大きくなり、心臓の音が聞こえるようになり、胎動がわかるようになり、やがて難産の末に生まれてきました。
父親である私は、妊娠中に子どもへ直接してあげられることはほとんどありません。せいぜい家事を手伝ったり、妻を励ましたりする程度です。それでも子どもは日に日に大きくなり、十月十日を経て、ひとりの人間として生まれてきました。そのとき強く感じたのは、「子どもは自分の力で育つ」「時間が子どもを育ててくれる」ということでした。
「時間が育てる」は放っておくことではない
生まれてからの数カ月間も同じです。何もしていないつもりでも、子どもは日に日に大きくなっていきます。「時間が流れるというのはすごいことだ」とつくづく思う一方、これに対して家族から返ってくる反論もまた真実です。「何もしなかったわけじゃない。育てると決断したから今がある」「水や栄養をあげて、日々世話をしなければ育たない。植物だって同じでしょう」と。
つまり、「何かを成し遂げたいなら、決断して、準備をして、あとは時間に任せればよい」というのは半分正しく、半分間違っています。時間の力を借りるためには、決断と準備、そして日々の丁寧な世話という前提が要る。この当たり前のことに、子育てを通じて改めて気づかされました。
事業承継における「時間の力」
事業承継もまったく同じ構造を持っていると思います。決断をせず、準備もしなければ、後継者は育ちませんし、M&Aという選択肢も十分な形では実現しません。逆に、後継者候補を決めて大切に育てていけば、いずれ次の社長へと成長していきます。仮に本人が社長という形にならなかったとしても、別の形で会社に貢献してくれることもあるでしょう。
大事なのは、過保護でも放任でもなく、意図を持って育てていくことです。準備の面でも時間は味方になります。たとえば社長が会社に多くのポケットマネーを貸し付けているようなケースでは、時間さえあれば少しずつ整理していくことができます。「事業承継は早め早めの準備が大切」とよく言われますが、その本当の意味は、決断と準備をしたうえで、時間という資源をどう味方につけるかという話なのだと思います。
家族の力を借りて、長い時間をかける
事業承継は、経営者ひとりの課題ではなく一族全体の課題です。かつては「男性は外の仕事、女性は家庭のこと」という役割分担の考え方が根強くありましたが、20年、30年先を見据えて後継者を育てていくには、性別で役割を固定するのではなく、家族が協力し合いながら進めていく発想が必要だと感じます。家族みんなで力を合わせ、時間をかけて後継者を育てていくことが、結果として会社を長続きさせる力になるのではないでしょうか。
今から始めることに意味がある
20年、30年という時間を何かを育てることに使えたら、それだけで大きなことを成し遂げられます。「今からそんな時間はかけられない」と思われるかもしれませんが、今から始めれば、それだけ多くの時間を味方につけられます。時間の力と家族の力を借りれば、今からでも大きなことを成し遂げられるはずです。三代目が順調に育つかもしれませんし、場合によっては、より納得のいく形で会社の歴史に区切りをつけられるかもしれません。
時間はいつでも味方です。そして家族は、経営者にとって最も身近な味方です。決断をして、準備を始める。そこから先は、時間と家族の力を信じて、日々の一歩を積み重ねていってほしいと思います。