※本記事は、当社がこれまでに自治体や金融機関から受託して行ってきた事業承継の無料相談をもとに、ストーリー形式で再構成したものです。お話しくださったご相談者とその会社が特定されることのないよう、社名や人名を伏せ、記事に応じて内容の一部に手を加えています。登場する企業・人物は、特定の企業・個人を示すものではありません。

背景:少人数で回す都内の印刷会社、最大の課題は「後継者」

A社は都内で印刷業を営む、社長と少数の従業員で回している小さな会社です。社長は70代。営業の主力は入社数年目・30代の若手社員Bさんで、経理は長年勤めてきた高齢のパート事務員が担っています。かつて社長の右腕だった番頭役の社員が昨年急逝し、いまはBさんが営業を支えています。

業績は回復傾向にあります。以前は債務超過でしたが直近では改善しており、借入金は2,000万円ほど。一定の需要を確保できている一方で、社長は今後5〜10年での引退を視野に入れており、後継者が決まっていないことが最大の課題でした。

親族のうち、次男は別業界で独立しており事業を継ぐ意思はなく、長女は他社に勤務しながら子育て中です。そこで社内で優秀な成績を収めているBさんへの従業員承継を検討しているものの、経営経験の不足や若さに対する不安から、本人への確定的な打診はできていませんでした。こうしたなか、金融機関やセミナーをきっかけに、社長は自治体の事業承継訪問相談を利用することになりました。

相談で整理されたこと

初回の面談で、会社の課題は3つに整理されました。

1つめは、後継者の不在と育成です。社長は5〜10年での引退を希望していますが、有力候補のBさんは入社数年目の若手で、経営や財務の知識はまだ不足しています。

2つめは、経理部門の属人化と高齢化です。経理を担うパート事務員が高齢であり、早急な人員補充またはアウトソーシングの検討が必要な状況でした。

3つめは、親族の関与と株式の取り扱いです。長女に経理を手伝ってもらう案や、別の親族にサポートを頼む案はあるものの、将来の株式の引き継ぎや経営体制を含めた明確なロードマップは描けていませんでした。

印象的だったのは、社長の慎重さです。訪問相談の担当者の目には、Bさんについて「まだ早い」「能力が高すぎて逆に不安」と、承継に対して慎重になりすぎているように映りました。一方でBさんは結婚して子どもも生まれ、生活の基盤が固まり責任感が増している時期。経営幹部として育てていく方針は理にかなっていると見立てられました。

専門家の助言:3つの打ち手

訪問相談の担当者は、次の打ち手を提案しました。

1. 事業承継計画書の策定。 Bさんへの承継、または長女の経営参加も含め、5〜10年のスパンで事業承継計画書を作成し、ロードマップを可視化することを推奨しました。

2. 後継者育成塾への参加。 Bさんにすぐ社長交代を意識させるのではなく、まずは経営の基礎や広い視野を学んでもらうため、自治体主催の後継者育成塾への参加を提案しました。

3. 経理体制の再構築。 高齢の事務員に代わる経理体制として、長女のパートタイムでの参画や、経理代行(アウトソーシング)の活用を検討するよう助言しました。

あわせて株式と債務についても、借入金が残っていても本業に稼ぐ力(収益力)があれば承継は可能であることを説明し、株式(議決権)の移転方法について早めに方向性を探るよう助言しました。次回の面談では事業承継計画書の作成に着手し、可能であれば長女にも同席してもらい、親族としての関わり方や家族会議の実施について協議する予定です。

この事例からの教訓

1. 「まだ早い」と感じる今こそ、計画づくりの適齢期 5〜10年かけた承継には、それだけの育成期間が必要です。候補者への打診をためらう気持ちがあるうちから、承継計画書というかたちでロードマップを可視化することが、先送りを防ぐ第一歩になります。

2. 承継は「社長の交代」だけではない 高齢の事務員が担ってきた経理のように、会社を回す機能の引き継ぎも立派な承継課題です。経営のバトンタッチと並行して、属人化した業務の受け皿を早めに用意することが欠かせません。

読者へのチェックポイント

  • 後継者候補への打診を「まだ早い」と先送りしていませんか。
  • 引退希望の時期から逆算した、承継と育成のロードマップはありますか。
  • 後継者候補が経営や財務を学ぶ機会を用意できていますか。
  • 経理など、特定の人に依存している業務の引き継ぎ策を考えていますか。
  • 株式(議決権)の移転方法について、方向性の検討を始めていますか。
  • 親族の関わり方を、家族会議などで話し合う場を設けていますか。

社内に有望な人材がいることは、事業承継における大きな財産です。それでも、育成と体制づくりには年単位の時間がかかります。「まだ早い」と感じる段階からこそ、自治体の訪問相談など公的な支援を活用し、計画として動かし始めることが大切です。