本シリーズは、事業承継センター取締役・東條裕一が、経営者から聞いた言葉と、経営者として伝えたい言葉を書き留めた「勇気をもらう経営者の言葉」を、一言ずつコラムとして再構成したものです。志や覚悟、そして勇気を、後継者のみなさんと分かち合えればと思います。

人が辞めない会社は正常か?

なぜ、この言葉なのか

離職率が低いことは、一般的には良い会社の証と考えられています。後継者としても、「社員が辞めない会社をつくりたい」と思うのは自然なことでしょう。

しかし、私は「人が辞めないこと自体を、経営の目的にしてはいけない」と考えています。

会社には、目指す方向があります。その方向に向かって本気で進もうとすれば、すべての社員が同じように納得し、満足するとは限りません。会社の方針と自分の考えが合わなくなる人もいれば、求められる役割や責任についていけない人も出てきます。

人が辞めることを恐れるあまり、会社の方針を曲げてしまっては、本末転倒です。

全員に満足してもらう必要はない

万人が満足する会社など、私はないと思っています。

会社が成長すれば、社員に求めるものも変わります。これまで以上の成果や責任を求めることもあるでしょう。新しいことに挑戦すれば、従来のやり方を変えなければならないこともあります。

そうなれば、不満を持つ人が出てくるのは当然です。

そこで「辞められたら困る」と社員に迎合し始めれば、会社が本来目指していた方向まで変わってしまいます。全員にとって居心地の良い会社をつくることと、明確な目的に向かって進む会社をつくることは、必ずしも同じではありません。

もちろん、人が次々と辞める会社を肯定しているわけではありません。処遇に問題があるのか、上司との関係なのか、仕事の進め方なのか、会社の方針への不信なのか。人が辞めたときには、その理由をきちんと見なければなりません。

大切なのは、「辞めたか、辞めなかったか」ではなく、「なぜ辞めたのか」です。

ブレない経営者でありたい

経営者に必要なのは、離職率をゼロにすることではなく、会社として譲れないものを明確にすることだと思います。

社員に嫌われたくない、辞められたくないという気持ちから方針を変えてしまえば、組織はどこへ向かえばよいのか分からなくなります。

会社の信念を貫いた結果として、考えの合わない人が離れることと、経営に問題があって人が定着しないことは、まったく別の話です。

特に後継者は、先代から会社を引き継いだ直後ほど、社員との関係を壊したくないという気持ちが強くなりがちです。しかし、守るべきものは「全員に好かれること」ではありません。会社がどこへ向かうのかを示し、その方向に組織をまとめていくことです。

後継者のあなたへ

社員が辞めたとき、「自分の経営が悪かったのではないか」と考えることは必要です。しかし、辞められないようにすることだけを考えてはいけません。

見るべきなのは離職率だけではなく、その理由です。

会社の問題によって辞めているのであれば、直さなければならない。一方で、会社が目指す方向を明確にした結果、考えの合わない人が離れるのであれば、それだけで経営が間違っているとは言えません。

本記事は、事業承継センター取締役・東條裕一の原稿「勇気をもらう経営者の言葉」をもとに構成しています。